十三回忌」カテゴリーアーカイブ

・埼玉県伊奈町 法光寺の十三仏板石塔婆(町指定文化財)

2015年7月5日 日曜日 曇り

こんにちは。埼玉県上尾市に本社を置く石材店の株式会社大塚のブログ「霊園とお墓のはなし」です。

昨日に引き続き、埼玉県伊奈町にあります法光寺さまのおはなしです。

法光寺さまの境内、墓地の入り口に伊奈町指定文化財の「十三仏板石塔婆」があります。

埼玉県伊奈町指定文化財 法光寺の十三仏板石塔婆 梵字 種字 DSC_1632

本堂から木立を隔てた位置に、いくつもの石塔や、お地蔵様が並ぶ一番右にあります。ちなみに板石塔婆のある後ろの木々の反対側、本堂側に沙羅の木(沙羅双樹)があります。沙羅の木についての記事は過去に書きましたのでよかったら見てみてください。

埼玉県伊奈町指定文化財 法光寺の十三仏板石塔婆 梵字 種字 DSC_1623

後ろ側はこんな感じです↓

埼玉県伊奈町指定文化財 法光寺の十三仏板石塔婆 裏側 梵字 種字 DSC_1634

立派な板石塔婆(板碑、青石塔婆)に十三仏が種字(梵字)で刻まれています。

埼玉県伊奈町指定文化財 法光寺の十三仏板石塔婆 梵字 種字 DSC_1630

残念ながら上部部分が無くなってしまっていますが、八~九割の十三仏が確認できます。

埼玉県伊奈町指定文化財 法光寺の十三仏板石塔婆梵字 種字 DSC_1636

↓この仏様の種字についつい目がいってしまいました。ハートが二つ並んでいるように見えますね。

埼玉県伊奈町指定文化財 法光寺の十三仏板石塔婆 梵字 種字 丸 ハートが二つDSC_1637

全く梵字を読むことができません(汗)勉強してみたいな、と思いました。

永正3年(1506)11月23日に建てられたそうで、500年以上前のものという大変貴重な有形文化財です。

十三仏とは、私たちの身近にいる13の如来、菩薩、天の仏さまです。古くインドでは人は死後7日後とに法要がなされており、それぞれに対応した仏さまがいました。これが中国に伝わり三の仏さまが加わって十王信仰となります。そして日本に伝わりさらに三の仏さまが加わり十三仏の信仰となったわけです。日本では室町時代くらいから広まりはじめました。十三仏はそれぞれ十三の王に対応しており、有名な閻魔大王は、実は地蔵菩薩ということになります。

十三仏

●インド発祥の供養の日
不動明王  = 秦広王(しんこうおう)      = 初七日(七日目、六日後)
釈迦如来  = 初江王(しょこうおう)      = 二七日(十四日目、十三日後)
文殊菩薩  = 宋帝王(そうていおう)      = 三七日(二十一日目、二十日後)
普賢菩薩  = 五官王(ごかんおう)       = 四七日(二十八日目、二十七日後)
地蔵菩薩  = 閻魔王(えんまおう)       = 五七日(三十五日目、三十四日後)
弥勒菩薩  = 変成王(へんじょうおう)     = 六七日(四十二日目、四十一日後)
薬師如来  = 泰山王(たいざんおう)      = 七七日(四十九日目、四十八日後)

●中国で加わった供養の日
観世音菩薩 = 平等王(びょうどうおう)     = 百箇日(百日目、九十九日後)
勢至菩薩  = 都市王(としおう)        = 一周忌(二年目、一年後)
阿弥陀如来 = 五道転輪王(ごどうてんりんおう) = 三回忌(三年目、二年後)

●日本で加わった供養の日
阿閦如来  = 蓮華王(れんげおう)       = 七回忌(七年目、六年後)
大日如来  = 祇園王(ぎおんおう)       = 十三回忌(十三年目、十二年後)
虚空蔵菩薩 = 法界王(ほうかいおう)      = 三十三回忌(三十三年目、三十二年後)

貴重な文化財のある法光寺。文化財の近くでお墓をお探しの方がいらっしゃいましたら、お気軽に弊社までお問い合わせください。

※法光寺墓情報のページはこちら。
※埼玉県の霊園一覧ページはこちらをごらんください。

・埼玉県久喜市 東明寺さまの「東明寺だより」より回忌法要について

2014年12月19日 土曜日 晴れ

こんばんは。埼玉県上尾市に本社を置き、埼玉のみならず東京、神奈川、千葉、群馬、静岡にて墓地と霊園をご紹介し、墓石の製造加工と墓所への据付施工工事をしております石材店の株式会社大塚のブログ「霊園とお墓のはなし」です。

先日、日頃弊社が大変お世話になっており、多くのお墓・墓石のご建立に携わらせていただいております埼玉県久喜市清久にあります東明寺さまの「東明寺だより」を拝見させていただきましたので掲載させていただきます。檀家さま宛に定期的に発行されているものになります。

東明寺だより2015.1.1

この東明寺だよりの中から、年回法要についてのご説明の文章がとてもわかりやすかったので引用させていただきます。以下引用文章↓

年回法要の数字についてですが、初七日から四十九日の法要は、インドからの教えです。死後、次の生をうけるまで四十九日間あるとされ、遺族は七日ごとに供養し、死者が少しでも良い所に生まれ変わるように願うという教えです。

一周忌、三回忌の法要は中国の儒教からの教えです。中国では親を亡くしてから十三ヶ月、二十五ヶ月の祀りがあり、こちらが一周忌、三回忌となったと考えられます。七回忌以降が日本での法要文化です。七、一七、二七、にさらに七を加え一三、二三、三三となりました。また三回忌は二年目、七回忌は六年目に行いますが、命日を一回目の忌日となりますので、このような数え方になります。分かりやすく表にしてみますと、

初七日~
四九日・・・インドより七日ごとの教え
一周忌・・・中国より十三ヶ月目の教え
三回忌・・・中国より二十五ヶ月目の教え
七回忌・・・六年目に行う七を大切にする教え
十三回忌・・・七回忌+七=六年目+六=十二年目
十七回忌・・・十六年目に行う七を大切にする教え
二三回忌・・・一七回忌+七=十六+六=二十二年目
二七回忌・・・二六年目に行う七を大切にする教え
三三回忌・・・二七回忌+七=二六+六=三十二年目

このようになります。本来、毎年の命日に法要を行っていただいても宜しいのですが、先人達が現代を生きる私たちの為に残した教えでもあるかと感じます。

 

↑以上、引用させていただきました。

とてもわかりやすく、勉強になりますね!なお、東明寺さまの墓地情報についてはこちらをご参照ください→東明寺さまの墓地情報のページ

お墓についてのさまざまなご疑問などは弊社までお気軽にお問い合わせくださいませ。

※埼玉県の霊園一覧ページはこちらをご覧ください。

・年忌法要について

年忌法要について

亡くなった人の祥月命日に営む追善供養の法要を「年忌法要」と言います。

祥月命日とは、亡くなった月日のことです。

 

年忌法要を営むには、まず日程や場所などを決めなければなりません。正しくは、故人の命日に営むものですが、都合によって変更しなければならない場合には命日よりも遅くならないようにしましょう。

場所は、自宅や菩提寺が多いです。自宅で営む場合には、仏壇を掃除し、仏具を揃え、線香・ろうそく・お花などを準備しておきます。もちろん、お墓も掃除しておきましょう。

お寺に連絡して日時などの相談をする際には、塔婆も用意していただける様に頼んでおきます。(※浄土真宗以外)

 

年忌法要を行う年は、以下のとおりです。

  • 一周忌:亡くなった年の翌年に営まれる、初めての祥月命日の法要です。

特に重要な年忌法要と言えます。

  • 三回忌:一周忌の翌年に営まれます。これから3年目を迎えるという意味

で“三回忌”と言います。

 

以後、命日から数えて満6年目に営まれる七回忌、同じように十三回忌、

二十三回忌、二十七回忌、三十三回忌と続きます。

三十三回忌を年忌止めと言って、これで年忌供養を打ち切ることが多いようですが、五十回忌を営んで年忌止めにする場合もあります。

 

「年回忌早見表」もご用意しております。弊社スタッフまでお気軽にご相談・ご質問ください。

 

(鎌倉新書 2分でわかる仏事の知識 より抜粋)

 

 

・卒塔婆を建てるその2

卒塔婆を建てるその2 (その1からの続き)

 

【卒塔婆は死者の供養のために建てられる】

お墓は「○○家」と刻まれており、先祖代々の供養のために建てられるものですが、卒塔婆には死者の戒名が書かれ、個人個人の供養のために建てられます。

 

【施餓鬼会と卒塔婆供養】

お盆と共に夏の行事の一つとなっているのが施餓鬼会(せがきえ)です。その際にも、卒塔婆を建てて供養を行います。地域によっては5月の連休や、年忌、百カ日の法要にあわせて行う場合もあります。

施餓鬼会 塔婆 IMG_4839

施餓鬼会の様子(法光寺)

仏教でいう餓鬼とは、いつも飢えと渇きに苦しんでいる亡者のことです。餓鬼の世界はまさしく飢えの世界で、食物があっても食べることができません。食べても喉が針のように細いので飲み込むことができなかったり、食べようとして手にすると、その食物が燃え尽きてしまいます。この様な餓鬼に飲食(おんじき)を施して救い出すのが施餓鬼です。

施餓鬼会 塔婆 IMG_5665

施餓鬼会の様子(東明寺)

自分の力でその苦しみから抜け出す術はない餓鬼にとって、施餓鬼会が唯一の救いになるとされています。施餓鬼会の法要では、お寺に設けられた施餓鬼壇(棚)に「三界万霊」と書かれた位牌を安置し、檀家の人々が持ち寄った米や野菜、果物など諸々の食物と一緒に卒塔婆を建てて、亡者を供養し、その滅罪追福を祈ります。

施餓鬼会を行い、三界万霊を供養することは、その功徳が、施主やその先祖まで及び、先祖への追善となるのです。

 

(鎌倉新書 2分でわかる仏事の知識 より抜粋)

 

 

・卒塔婆を建てるその1

卒塔婆を建てるその1

 

【卒塔婆とは仏教の世界観をあらわす】

卒塔婆(略;塔婆)には、墨で戒名とそれぞれの宗派の聖句あるいは梵字などが書かれています。死者の供養のために建てるものです。

 卒塔婆はもともと、古代インドの「ストゥーパ」という言葉を音訳したものです。ストゥーパとは、仏塔とも訳され、お釈迦様の遺骨を納めた塔のことをいいます。ストゥーパはもともとお椀を伏せたような形をしていましたが、時代をおって、仏教が中国をとおり日本にくる間に、色々な形に変化しました。日本のお寺でよく見ることのできる、五重塔や五輪塔ももとをたどればストゥーパです。

現在日本で卒塔婆と言うと、長さ1~2メートルほどの「板塔婆」のことを指します。その形は五輪塔がもとになっており、仏教の世界観が表現されています。

一番下の四角形は「地」を表しています。その上の円形は「水」を表し、その上の三角形は「火」、その上の半円は「風」、一番上の宝珠型は「空」を表しています。

仏教は「地・水・火・風・空」の5つの要素がこの世界を構成していると考えており、人間もこの5つの要素によって、生かされていると考えているのです。

五輪塔と卒塔婆

※  卒塔婆の表面には梵字や経文、戒名を書き、裏面に施主名や起塔日を書きます。宗派によって内容は異なります。また、浄土真宗のように卒塔婆を建てない習慣の宗派もあります。

五輪塔と卒塔婆 塔婆裏表

(鎌倉新書 2分でわかる仏事の知識 より抜粋)

その2へつづきます。