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苑2004

娘が母を送るとき 作家・中山あい子さんのスーパー・シンプル・エンディング

中山マリ
中山マリ
1945年東京生まれ。舞台女優。
文学座養成所、三十人会、自由劇場、ザ・スーパーカムパニィを経て、現在、劇団憐光群に所属。
同い年で旧い友人である女優、中山マリのお母さん・あい子さんが亡くなったのは、2000年5月1日。今もご命日を覚えているのは、父の命日が直前の4月だったからだ。

一人娘のマリとは、某劇団の同期研究生として知り合った。いつも公演初日を迎えると、芝居の出来の良し悪しに関わらず、客席からあい子さんが豪快な笑い声と拍手でエールを送ってくれた。「あ、マリのお母さん来てる」みんなが励まされた。貧ボー役者には無条件で融通もしてくれた。

よく遊びに行った神田のレトロなビルで、あい子さんは管理人をしながら原稿を書いていた。小さな炊事場のある管理人室で、数人の居候と卓椎台を囲み、しばしば夕食をご馳走になった。アツアツの出汁巻き卵を頬張りながら、身の上相談もどきなどもした。するとそれが、翌月の『小説現代』リカちやんシリーズ中にしっかり載ってる。働くお母さんなんだから当然だ、と納得した。

何より尊敬していたのは、テレビや雑誌に頻繁に登場する売れっ子作家になってからも、管理人を続けていたこと。猫と住み続けていたこと。中庭で鶏を飼い卵を産ませてたこと。そしてマリを女手ひとつで育て上げたこと。
そのマリに、あい子さんの超シンプルで見事な最期について聞いた。

(聞き手 相良高子)

シンプルに送ろう

60歳過ぎて糖尿病が見つかって、亡くなる3年前あたりからは合併症も出てきたもんで介護してたのね。私の誕生日が過ぎてすぐの日曜の夜、痰が絡んで苦しそうなんで救急車で病院に運んだんだけど、翌朝に逝っちゃった。

で、あれよあれよのうちに、やるべきことが押し寄せてきたの。彼女の意思で献体は決まってた。早速、東京医大に連絡すると、引き取るのは告別式を済ませてからでいいから、ドライアイスだけ十分に入れておくようにって。

ん?告別式?見栄張ることないや、シンプルにお通夜だけにしようって決めたんだ。私、生協の組合員なんで、提携してる葬儀屋さんがすごく安いって知ってたから、そこに決めたの。で、病院から連絡すると、すぐに二人で来てウチまで運んでくれたし、区役所に行くのと、こまごました手配をするのと手分けしてくれて、あっという間にリビングが通夜の会場になった。

魂はお経とともに飛んでいく

中山あい子 何しろ狭いから、知らせたのはある程度の知人だけ。けど人が来るとなると、お経のひとつもあげてもらわなきゃってんで、思い出したのが下谷・法昌寺の住職で、叫ぶ短歌みたいなのやってる福島泰樹。

10年以上前、母の親友だった『まえだ』(新宿ゴールデン街)のママの葬儀を彼のお寺でやったの。そのときに母が「いいお経だネェ、ワタシのときも頼むよね」っ言ってたの思い出してさ。忙しいからなあと思って電話したら、居たのっ。「えっ!分かった、分かった、オレ、すぐ行く」って来てくれた。

お経がまた良くってね。声が何とも素晴らしいもんだから、響き渡る読経に乗って魂がすーっと飛んでいくような感じなわけよ。不思議なんだけど、母も急にきれいな顔に変わったの。これには驚いた。やったぁ!って感じ。用意してたお布施、倍にしちゃったりなんかして(笑)。

「止めますか」にギク!献体初体験

翌日、マンション裏口に迎えに来てた病院の車まで葬儀屋が運んでくれた。病院の人に「一緒に行けますか」って聞いたら「いいえ、ここまでです」って。「どのくらいで戻ってくるの」「3年ですかね」って素っ気ない返事のあと、「止めますか」なんて私に聞くの。母に付き添って行けないうえに3年も戻らないって言われて、私がびっくりして顔色を変えたからでしょうね。でも、献体は母の意思なんだし、今さら止めても別のプランがあるわけじゃなし、そこでさよならしたわけ。
シンプルだけど、ちゃんと送りたい気持ちはあったから、これで良かったと思ってる。支払にしても、葬儀屋に15万、福島さんのお布施10万、それに献体先の東京医大からお香典6万いただいたから、出費は締めて19万だけ。かたちも費用もシンプルにと思えば、できるのよね。

「二度死なれた」骨壷抱いて号泣

最大の誤算は、お骨で帰ってきたとき。一昨年の暮れにやっと骨壷に入って戻ってきたんだけど、一晩くらい一緒に寝ようかなってベッドに持っていって抱っこしたら、来た来た、もう泣いた、あれは参った。計算外。母もそうだったんじゃない、献体した人を見送った経験がなかったんだから。あれが、ほんとうの意味でのお通夜だったわね。
亡くなったときはいろんな人が訪ねて来てくれたり、編集者たちが偲ぷ会とかお別れ会をしてくれて、いい感じで気持ちよかったわけよ。でも今度は、帰ってきたよって人に知らせるのも、気遣いさせるし申し訳ないじゃない。二度死なれたって思いながら、ひとり号泣するのみ。
シンプルにやったにも関わらず、予想外なこと、煩わしいことはいっばいありますよ。それが身内が死ぬってことの大変さなのね。

目次
  苑インタビュー 新藤兼人さん   石とともに歩んできた「大塚」の今後
  娘が母を送るとき 作家・中山あい子さん   旅のつれづれ インドネシア・ボロヴドゥール
  霊園ガイド1 上尾霊園   霊園ガイド2 府中・国立メモリアルパーク  
  一枚の辞書 盆   にっぽん合掌記 本郷くんちの墓詣で  
  インタビュー 永六輔さん

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