2014年8月12日 火曜日 雨
こんばんは。埼玉県上尾市に本社を置きます石材店の大塚のブログ「霊園とお墓のはなし」です。
昨日、埼玉県北足立郡伊奈町にあります願成寺さまに行ってきました。本堂を建て替えられたということで、墓地販売用のチラシに使う写真撮影をさせていただきました。
今日はその外観の様子を見ていただこうと思います。
入口から進んでいきますと、白い綺麗な壁の向こう側に真新しい本堂が見えてきます。
以前はこんな感じでした↓
山門の正面に本堂があります。
白壁がとても美しい願成寺。長屋門もとても印象的です。
真新しい本堂は、まだ白木が若々しく光り輝いて見えるようです。
墓域からもとてもきれいに見ることができます。
本堂の屋根瓦には浄土宗の宗紋があります。
この宗紋は、月影杏葉(つきかげぎょうよう)という紋で、法然上人の生家である漆間家の紋に由来しており、宗歌「月かげ」より月を配した紋にて定められたものです。宗歌とは『月かげの いたらぬさとはなけれども ながむる人の心にぞすむ』という法然上人作の歌で、勅撰和歌集の「続千載和歌集」におさめられている歌になります。私も好きな歌です。
ちなみに、↑本堂に隣接している客殿の屋根瓦には
三つ葉葵の紋が。そして「願成寺」の文字のある瓦も使われています。菊の紋、三つ葉葵の紋は宗派として使用の許可を取っておりますので、本堂の屋根瓦にも使用することができるのですが、宗紋を使うことにしたそうです。
墓域に戻りますと、ここ願成寺には貴重な文化財としてのお墓があるのです。伊奈熊蔵忠勝のお墓です。
立派な宝篋印塔を中央に三つ配されており、その他小ぶりな宝篋印塔や五輪塔などの石塔が並んでいます。忠勝は元和5年(1619年)に没しましたので、約400年前に建てられたお墓ということになります。石塔の保存性の高さに驚かされます。
伊奈家は、伊奈町の名前の元にもなった江戸時代の有力代官です。埼玉県の伊奈町だけでなく、茨城県の伊奈や、長野県の伊那も伊奈氏にゆかりのある土地です。伊奈熊蔵忠勝は、有名な関東郡代である伊奈忠次の孫にあたり、父忠政の急逝により若干8歳で伊奈家の当主になったものの、翌年わずか9歳でこの世を去ってしまいました。このため、伊奈家はお家断絶となってしまいます。(その後、断絶を惜しんだ幕府によって、分家が伊奈家を再興されました。)
伊奈町の指定史跡になってます。熊蔵というのは世襲の名前。伊奈熊蔵忠勝は徳川家光に近侍していたようです。
伊奈家については次の記事でも触れています。
さて願成寺の新築本堂。
いよいよ内部に進んでみたいと思います。
本堂の内部もとても美しく仕上げられています。また、ここにしかない宝物もあります。内部のご紹介は次回につづきます→・埼玉県北足立郡伊奈町 願成寺さまの新しくなりました本堂内部
↓こちらもご参考まで。
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