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立松和平の墓紀行 第三回

第三回 船の墓

立松和平の立松和平の墓紀行第3回は 那智の滝で知られる那智の補陀落渡海を テーマにした「船の墓」です。

補陀落渡海とは生きながらの水葬で自ら の身を海にて観音に捧げる捨身行です。
これまでに40件ほどが記録として残されて おり、そのうち半数以上が熊野那智で行わ れているようです。
補陀落の霊場としては那智の他に、高知の 足摺岬、栃木の日光、山形の月山などがあります。

交通アクセス

和歌山県 那智湾

  • 那智勝浦ICより車で約3分
    (那智海水浴場に駐車場有り)
電車

JR那智駅下車徒歩1分

船の墓

熊野の那智は、観世音菩薩の住む補陀落浄土とされて いる。また那智の海の遥か彼方にこそ、海上世界として の補陀落浄土があるとされた。本来の補陀落は南インド の海岸のポータラカにあるといわれ、中国では長江の 河口付近に位置する舟山列島の普陀山がそうだとされて いて、いずれ海の彼方の海上世界なのだ。
那智の沖合いにある補陀落に、実際に行こうとした人が いた。那智の海岸線には補陀落山寺がある。この前の 浜から、遥かな補陀落浄土をめざして補陀落渡海が行われた。

寺の境内には、渡海舟が実物大につくってあった。雨や波を防ぐため屋形には檜皮が貼られ、その周囲 には四門及び忌垣がめぐらしてある。出られないように外から釘で打ちつけ、内部には三十日分の 食料と水と灯火の油と、法華経を積んだ。一度出航したなら二度と帰ることはできない。つまり、 この舟は棺であり、墓ということである。永遠にそこにあるわけでなく、波の上に浮かんでまことに 不安定なのだが、やがて確実に海中に沈むこの船のことを思うと、まことに痛ましい気持ちになる。 だがごく稀には、沖縄の島に至ることもあったようだ。

補陀落山寺の境内には、これまでの補陀落渡海僧の名を 刻んだ石碑が建てられている。貞観十(八六八)年 慶龍上人から、享保七(一七二二)年宥照上人まで、 二十五人が数えられる。沖縄本島の金武の鍾乳洞の前に ある観音寺は、そうした補陀落渡海僧日秀上人によって 開かれたと伝えられているから、那智ばかりでなく他から も補陀落渡海僧がいたと考えられる。

補陀落山寺の住僧のうち何人かは、臨終を迎える少し前に舟に乗せ、海に送り出されたという。これは海上世界に向かっての葬送であり、もっとはっきりいう なら水葬の一形態である。まり、この船こそが、それらの僧たちの墓だということができる。
「平家物語」の『維盛入水の事』の巻には、補陀落渡海が出てくる。平維盛は那智の浜から補陀落浄土 に向かって舟を漕ぎ出し、沖合いにある山成島にきた時、舟から跳びこんで入水し往生をとげたという ことだ。自殺なのだが、形式としては補陀落渡海の姿を借りている。補陀落渡海にことよせることに よって、自殺にもかかわらず極楽往生をとげることが できるとされたのだ。

熊野は不思議なところだ。熊野本宮(熊野坐神社)、 熊野新宮(熊野速玉神社)、那智地大社(熊野那智神社) を参拝するのが熊野三山巡りである。
熊野三山巡礼が人を集めるようになったのは、 末法思想がさかんになった平安末期から鎌倉時代に かけてで、京都から皇族や貴族たちが列をつくって やってきた。「蟻の熊野詣」という。

九十九王子と呼ばれる遥拝所が熊野古道の要所につくってあり、そこにくるたび経を読誦し、拝礼し、 遥拝をくり返す。祈れば祈った分だけ、世俗の暮らしで身についた業を祓い清めることができるとされ た。

遥拝をつづけて本願の地の熊野本宮に至る頃には、 業に汚れきっていた身も潔白となる。熊野本宮の 証誠殿には阿弥陀如来がいて、そこに参籠すれば 極楽往生まちがいなしとされたのだ。 本宮にお参りをすませると、熊野川を舟で下っていき、 河口の新宮で降りて熊野速玉神社にお参りする。
速玉神社の本地は勢至菩薩である。ついで海岸の 道を歩いて、観音菩薩を本地とする熊野那智神社に お参りする。
人が往生して極楽浄土に向かう時、その人を迎えに来迎する阿弥陀如来の脇侍は勢至菩薩と 観音菩薩なのである。人はここまで遥ばると旅をしてきて、きたる往生の折にはよろしくお願いしますと 熊野三山に頼んでおくのである。
後白河法皇は三十四回、後鳥羽上皇は二十八回、鳥羽上皇は二十一回御幸したとされる。

周辺の見所

  • 1

    熊野那智大社

    熊野本宮、熊野新宮などとともに熊野三 山の一つです。熊野夫須美大神を主祭神 とします。2004年7月1日、ユネスコの 世界文化遺産に「紀伊山地の霊場と 参詣道」の一部として登録されました。
    現在は山の上に社殿があるものの元来は 那智滝に社殿があり滝の神を祀ったものだと考えられています。那智の滝は熊野修験の修行の地となっています。

  • 2

    青岸渡寺

    天台宗の寺院で西国三十三箇所第一番 札所です。本尊は如意輪観世音菩薩で 2004年7月に、ユネスコ世界遺産 『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部と して登録されました。伝承では仁徳天皇 の時代にインドから渡来した裸形上人に よって開基されたといいます。同上人が那智滝の滝壺で得た金製の如意輪観音を本尊として安置したといいます。

立松和平

1947年 栃木県生まれ
早稲田大学政治経済部卒業
在学中に「自転車」で早稲田文学新人賞を受賞
卒業後、種々の職業を経験、
故郷に戻って宇都宮市役所に勤務
79年 から文学活動に専念
80年 「落雷」で野間文学新人賞を受賞
93年 「卵洗い」で坪田譲治文学賞
97年 「毒_風間・田中正造」で毎日出版文化賞
2002年 歌舞伎座上演「道元の日」の台本を手がけ、大谷竹次郎賞
2007年10月 [道元禅師]で泉鏡花文化賞

各地を旺盛に旅する行動派であり、近年は環境保護問題にも積極的に取り組む。
著書多数。

2010年2月8日 多くに人に惜しまれながらも永眠

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