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寺院・神社」カテゴリーアーカイブ

・お芋ほりに行きました。

2014年11月29日 土曜日 曇りのち雨

こんにちは。埼玉県上尾市に本社を置き、埼玉のみならず東京、神奈川、千葉、群馬、静岡にて霊園と墓地をご案内し、墓石の製造加工と墓所への据付施工工事をしております石材店の株式会社大塚ブログ「霊園とお墓のはなし」です。

今日は、大塚本社のNさんの美味しそうな記事と写真になります。以下本文↓

 

お芋ほりに行きました。

どの位ぶりでしょう・・・小学生のとき以来でしょうか?

 

広い畑のひと畝が我が家の分です。他の畝はほぼお芋ほりが終わっています。

お芋ほりに行きました。いもほり①

最初スコップでざっくりと土を返し、小さなスコップや手で掘っていきます。

お芋ほりに行きました。いもほり②

土の中から赤紫色のお芋が顔を出します。

途中で折れないように慎重に・・・

お芋ほりに行きました。いもほり③ お芋ほりに行きました。いもほり④

大きなお芋が芋づる式にザクザク・・・

お芋ほりに行きました。いもほり⑤ お芋ほりに行きました。いもほり⑥

お芋ほりに行きました。いもほり⑦ 

大収穫です!段ボール2箱分になりました。

お芋ほりに行きました。いもほり⑧

お芋は天日に干すと甘~くなるそうです。

お芋ほりに行きました。いもほり⑨

さつまいもは健康に良いお野菜です。

食物繊維が豊富なので、便秘によく効きます。出来るだけ皮ごと食べた方が効果的と言われます。

 

カロチンやビタミンCも多く含まれていますので、美容効果も期待できます。

ビタミンCは、メラニン色素の沈着を抑えて、シミやそばかすを防いでくれます。美肌効果ですね。また、免疫力を高めて風邪の予防にもよいと言われています。

 

調理法は、焼くも煮るも、揚げるもよし。お菓子なども美味しいです。

甘くてホクホク~たのしみです♪

 

↑以上、本文でした。

お聞きしたところ、芋ほりの場所は伊奈町役場の近くとのこと。伊奈町は弊社大塚のある上尾からもすぐ近くですし、弊社が日頃お世話になっておりますお寺さまが多くある地域でもあります。伊奈町での墓所をお探しの方はお気軽にお問い合わせください。

 

・埼玉県伊奈町 伊奈氏館跡に行ってきました②

2014年11月27日 木曜日

こんにちは。埼玉県上尾市に本社を置き、埼玉のみならず東京、神奈川、千葉、群馬、静岡にて墓地と霊園をご案内し墓石の製造加工と墓所への据付施工工事をしております石材店の株式会社大塚のブログ「霊園とお墓のはなし」です。

先日の記事「・埼玉県伊奈町 伊奈氏館跡に行ってきました①」の続きになります。

伊奈氏館跡地図 伊奈氏館跡地図2

グーグル地図の空撮と通常の地図です。前回①の記事では、館跡の表門跡(右下あたり)から中央あたりに進んだところの二の丸まで書きました。

二の丸の続きからです。

伊奈氏館跡DSC_0117_ 伊奈氏館跡DSC_0118_

開けている二の丸のあたりは、土塁の跡も残っています。高さ1メートル前後の土塁が四方を囲うようにのこっており、中央部に高さ2mほどの土塁が門のように残っているのがわかりました。築城時はもっと高い土塁だったことでしょう。

伊奈氏館跡DSC_0119_ 伊奈氏館跡DSC_0120_

二の丸の外周の堀を見ることができました。高さ3mくらいでしょうか。

伊奈氏館跡DSC_0122_ 伊奈氏館跡DSC_0123_

再び二の丸にもどり、1mほどの外周土塁の上に立ってみます。写真でわかりにくいかもしれませんが、土塁なのです。南側を見てみると、上尾鷹の台高校の方向が見えました。

伊奈氏館跡DSC_0124_ 伊奈氏館跡DSC_0125_

さて、裏門跡に向かって進んでみましょう。この道沿いの土塁もなかなか保存状態がよく貴重な土塁をよく観察することができます。

伊奈氏館跡DSC_0126_ 伊奈氏館跡DSC_0128_

この道は、いわゆる城内の道なので、まっすぐにはつくられていません。連続してクランクの状態が続いています。

伊奈氏館跡DSC_0129_ 伊奈氏館跡DSC_0130_ 伊奈氏館跡DSC_0213_

ふる里歩道の案内板が誘導してくれます。

伊奈氏館跡DSC_0131_

途中にみられる畑のなかの柿の木、まさに今が旬!という実ごろを迎えていました。

伊奈氏館跡DSC_0132_

そうこう進むうちに道が下り坂になってきました。木がたくさん茂っていてわかりにくいかもしれませんが、ここにも大きな空堀がありました。外周の堀のうちの一つかと思われます。

伊奈氏館跡DSC_0134_

地面が完全に大きく下り坂になっていますが、道路は新幹線の高架の向こう側に橋になって続いています。実は、この新幹線の高架の向こう側にはニューシャトルの車両基地があるので、いつかそれも記事にしたいと考え中です。

伊奈氏館跡DSC_0133_ 伊奈氏館跡DSC_0135_

橋の下にたどり着きました。新幹線の高架の足元です。

伊奈氏館跡DSC_0136_ 伊奈氏館跡DSC_0137_

こちらが裏門跡になります。館跡を縦断できたかっこうになります。

伊奈氏館跡DSC_0138_

案内板があります。

伊奈氏館跡DSC_0139_ 伊奈氏館跡DSC_0140_

埼玉県指定史跡 伊奈氏館跡

天正18(1590)年、関東郡代伊奈忠次は、周囲を泥深い湿田に囲まれたこの台地に、陣屋を構え、その後の関東地方の幕府直轄地を支配する拠点としました。寛永6(1629)年に、三代忠治が川口市赤山に陣屋を移すまでの間、この地が地方支配の中心となっていました。

屋敷跡の規模は、東西350m、南北750mです。陣屋が構えられた頃の様子は明らかではありませんが、当時をしのばせる土塁や堀が各所に良く保存されているほか、見通しを悪くするためにわざと折り曲げた道などが、現存しているとともに、「表門」・「裏門」・「蔵屋敷」・「陣屋」などの呼称も伝承として残っています。

「裏門跡」伝承地と「障子堀(しょうじぼり)」

ここは、伊奈氏屋敷跡の「裏門跡」と伝えられていることろです。近年の発掘調査によって、堀を折り曲げて、「虎口(こぐち)」(出入口)をつくっていたことがわかりました。公園内の縁石の部分が堀の位置を示しています。発掘された堀は、幅が約5m、深さは2mあり、堀の中には障子の桟のような仕切り(畝)が作られているので「障子堀」と呼ばれています。畝の高さは約1.5mありました。「障子堀」は、武者が堀を越えたり、堀の中を移動したりすることが難しいように工夫されたもので、戦国時代の築城技術が良くあらわれています。

史跡指定地のほとんどが民有地です。見学に当たっては、地元の方々に迷惑をかけないようにお願いします。

以上、文章を引用しました。

伊奈氏館跡DSC_0141_

↑こちらの空撮写真でいうと、一番上の新幹線に近いあたりがここ裏門跡の場所になります。下側(表門側)から上側(裏門側)に縦断して通り抜けてきました。

伊奈氏館跡DSC_0142_

ここに障子堀が発見されました。

伊奈氏館跡DSC_0144_

障子堀と言えば、「堀障子」という名前で岩槻城の遺構からも発見されています。(岩槻城の堀障子についての記事はこちら「・埼玉県さいたま市 岩槻城に行ってきました①」)

伊奈氏館跡DSC_0145_

↑この空地の下には障子堀が埋め戻されて保存されてます。戦国時代と現代が交差しているように見えます。

ぐるりとスタートラインに戻ってみます。

伊奈氏館跡DSC_0220_

最初は気が付かなかったのですが、よく見てみると二の丸の高い方の土塁が丸い山のように頭をだしているのがわかりました。

場所はここ↓。一度訪問してみないと決してわかるものではありませんね(^_^;)

伊奈氏館跡DSC_0097_

他の城跡関係の記事はこちら

 

さて弊社はお墓をご案内している石材店です。

ここ伊奈氏館跡の場所は、弊社も以前ご案内をしておりました霊園の「みどりの森」や「ほたるの里」からも遠くありません。また、お寺では願成寺さまが一番近くにあり、そのほか相頓寺さま、楞厳寺さまや法光寺さまもすぐ近くになります。

お墓をお探しの場合や、墓地のリフォームや修理などのご相談がありましたらお気軽にお問い合わせくださいませ。

※埼玉県の霊園一覧ページはこちらをご覧ください。

・埼玉県伊奈町 伊奈氏館跡に行ってきました①

2014年11月25日 火曜日

こんにちは。埼玉県上尾市に本社を置き、埼玉のみならず東京、神奈川、千葉、群馬、静岡にて墓地と霊園をご案内し墓石の製造加工と墓所への据付施工工事をしております石材店の株式会社大塚のブログ「霊園とお墓のはなし」です。

大塚本社は埼玉県上尾市にあるのですが、その上尾市のお隣にあります伊奈町の「伊奈氏館跡」に行ってきました。

伊奈氏については「・埼玉県川口市 赤山城(赤山陣屋)に行ってきました その①」や「・埼玉県北足立郡伊奈町 願成寺さま本堂が新しくなりました」の記事等でたびたび取り上げていますが、今回は伊奈町にある館跡です。

場所は、伊奈町南部にあり、ニューシャトルの丸山駅の横、上尾鷹の台高校(旧上尾沼南高校)や県立がんセンターからも遠くありません。東北新幹線と上越新幹線がY字に分かれる辺りになります。弊社も以前ご案内をしておりました霊園の「みどりの森」や「ほたるの里」からも遠くありません。また、お寺では願成寺さまが一番近くにあり、そのほか相頓寺さま、楞厳寺さまや法光寺さまもすぐ近くになります。

伊奈氏館跡地図 伊奈氏館跡地図2

グーグル地図の空撮と通常の地図です。位置はどちらも同じ位置です。中央辺りの森が囲んでいるエリアが旧館跡です。今回は↑地図の右下側から左上に通過してみました。館跡ではありますが、史跡としての施設などはありません。通過して昔を偲ぶばかりです。

「館跡」というと、あまりコワモテな印象を抱かないかもしれませんが、要するに江戸時代に関東郡代の伊奈氏のために作られた軍事拠点の城です。関東一円を納めるための警察署のようなものです。一国一城令がありますので「城」という名前がついていないだけで、機能は全く同じと思ってよいと思います。

伊奈氏館跡DSC_0097_

南側の上尾鷹の台高校のあたりから見た様子です。左側に新幹線の高架が見えます。

原市沼川が流れています。丁度草刈りがなされており、とてものどかな田園風景です。

伊奈氏館跡DSC_0099_ 伊奈氏館跡DSC_0098_ 伊奈氏館跡DSC_0219_

入口?に到着しました。

伊奈氏館跡DSC_0102_

こちらのカーブミラーの右側、暗くてわかりにくいのですが、実は堀が少しだけ残っています。

伊奈氏館跡DSC_0103_ 伊奈氏館跡DSC_0218_

反対側に案内板がありました。

伊奈氏館跡DSC_0104_ 伊奈氏館跡DSC_0105_ 伊奈氏館跡DSC_0106_ 

埼玉県指定史跡 伊奈氏館跡

ここは、代官頭伊奈忠次が築いた屋敷跡です。伊奈氏は信州伊那郡(今の長野県)の出身で、忠次の祖父忠基の代に松平広忠(徳川家康の父)に仕え、三河国小島(今の愛知県西尾市)の城主となりました。

忠次は善政をしき、特に豊臣秀吉の小田原攻めには、主君徳川家康の命で兵糧の輸送、荒廃した伊豆国(今の静岡県)の農村復旧などにあたり功績を挙げました。

天正18(1590)年、徳川家康が関東へ入国した時、忠次はこれまでの功績によって、三河国小島の旧領と武蔵国小室・鴻巣領1万3千石(1万石とも言われている)を与えられました。代官頭となった忠次は、中世以来城郭として使われてきたこの地(小室丸ノ内)に陣屋を構えて、関八州(今の関東地方)の天領(幕府直轄地)を治め、検地の実施、新田開発、中山道その他の宿駅の整備、備前堤・川島大囲堤の築堤などに大いに活躍しました。さらに江戸幕府成立後は、関東及び東海道筋の支配にも参画するようになりました。忠次および長男忠政の死後は、次男忠治が元和4(1618)年に築いた赤山陣屋(今の川口市)に関東支配の拠点が移り、この地は忠政の次男忠隆系の旗本伊奈氏の屋敷となりました。

屋敷跡の規模は、東西350m、南北750mです。陣屋が構えられた頃の様子は明らかではありませんが、当時をしのばせる土塁や堀が各所に良く保存されているほか、見通しを悪くするためにわざと折り曲げた道などが、現存しているとともに、「表門」・「裏門」・「蔵屋敷」・「陣屋」などの呼称も伝承として残っています。

以上、案内板より引用しました。なお、赤山陣屋については、こちらの記事「・埼玉県川口市 赤山城(赤山陣屋)に行ってきました その①」もご覧ください。

伊奈氏館跡DSC_0107_

↑現在地によると、ここは表門のあったあたりになるようです。それでは左上方向(西北方向)にある裏門跡に向かって進んでみましょう。

伊奈氏館跡DSC_0110_ 伊奈氏館跡DSC_0111_

赤茶色の縁石が堀の跡ということですが、この縁石がそうなのかもしれません。そしてこの道は「ふる里歩道」だそうです。裏門跡の方向に進んでいきます。

少し進みますと、ひらけた場所にでました。案内板と石碑があります。

伊奈氏館跡DSC_0112_ 伊奈氏館跡DSC_0214_

案内板はだいぶ古くなっているようで、左側に地図が書かれているのですが、陽の光にやられており新幹線くらいしか判別できなくなっております。

伊奈氏館跡DSC_0114_ 伊奈氏館跡DSC_0113_

埼玉県指定史跡 伊奈氏館跡

天正18(1590)年、関東郡代伊奈忠次は、周囲を泥深い湿田に囲まれたこの台地に、陣屋を構え、その後の関東地方の幕府直轄地を支配する拠点としました。寛永6(1629)年に、三代忠治が川口市赤山に陣屋を移すまでの間、この地が地方支配の中心となっていました。

屋敷跡の規模は、東西350m、南北750mです。陣屋が構えられた頃の様子は明らかではありませんが、当時をしのばせる土塁や堀が各所に良く保存されているほか、見通しを悪くするためにわざと折り曲げた道などが、現存しているとともに、「表門」・「裏門」・「蔵屋敷」・「陣屋」などの呼称も伝承として残っています。

平成4年10月
埼玉県教育委員会
伊奈町教育委員会

以上、案内板より引用しました。

伊奈氏館跡DSC_0216_

↑こちらは案内板の横に立つ石碑です。「伊奈氏屋敷址碑」と刻まれています。

ここは二の丸にあたるようです。どうりで少し高くなっているわけです。

伊奈氏館跡DSC_0115_ 伊奈氏館跡DSC_0116_

二の丸の様子については後半の②の記事に続きます。

他の城跡関係の記事はこちら

 

・2014秋の信州善光寺

2014年11月23日 日曜日 晴れ

こんばんは。東京、神奈川、埼玉、千葉、群馬、静岡にて霊園と墓地をご案内し、墓石の製造加工と墓所への据付施工工事をしております石材店の大塚ブログ「霊園とお墓のはなし」です。

先日の記事(・20141030 長野県上田城跡公園の紅葉・20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉・長野県上田市 北向観音の紅葉)と同日の写真をご紹介します。

 

長野県長野市にあります善光寺です。日本最古の仏像といわれている「一光三尊阿弥陀如来」さまがご本尊です。それでは善光寺を見てみましょう。

仁王門です。現在のものは大正七年(1918年)に再建されたものなのですが、善光寺の山号「定額山」と書かれた額が確認できます。

2014秋の信州善光寺DSCF6118_ 2014秋の信州善光寺DSCF6119_

仁王様の迫力に圧倒されます。あ、足の親指が浮いています!

2014秋の信州善光寺DSCF6120_ 2014秋の信州善光寺DSCF6121_ 2014秋の信州善光寺DSCF6122_

山門(三門)が見えてきました。寛延三年(1750年)に建立された二層入母屋造りとなっています。重要文化財の指定をうけています。

2014秋の信州善光寺DSCF6123_ 2014秋の信州善光寺DSCF6124_

歴史を感じさせる佇まいと重厚感でいっぱいです。

2014秋の信州善光寺DSCF6125_ 2014秋の信州善光寺DSCF6116_ 2014秋の信州善光寺DSCF6117_

本堂が見えてきました。

2014秋の信州善光寺DSCF6126_ 2014秋の信州善光寺DSCF6127_

本堂は創建以来、十数度と焼失してきており、その都度民衆によって再建なされてきたという歴史があります。創建は642年に信濃国司となった本田善光が都からここ信州にご本尊をお連れしたのがきっかけとなり、644年に勅願にて伽藍が造営されました。1400年近い昔の話です。

本堂から山門を見た様子です。

2014秋の信州善光寺DSCF6115_

2014秋の信州善光寺DSCF6114_

わが国最古の仏様をお祀りしている古今無双の霊場で、本堂・山門・経蔵等すべて国の宝です。

迷子郵便供養塔がありました。配達不能になった「迷子郵便」を供養する碑とのこと。

2014秋の信州善光寺DSCF6128_ 2014秋の信州善光寺DSCF6129_

善光寺も紅葉に包まれていました(10月25日撮影)

2014秋の信州善光寺DSCF6131_

多くの方の信奉をあつめている善光寺。時はうつり、建物や構造物が変わっていっても「供養の心」や「手を合わせる」という人間の営みは変わらないようです。

弊社の取り扱っている「お墓」も同じように、時がうつってもお墓のカタチが変わっても、供養の心と先祖と故人を思って手を合わせる営みは変化せずに後世に生き続ける文化であってほしいと感じました。

 

 

 

・長野県上田市 北向観音の紅葉

2014年11月17日 月曜日 晴れ

こんにちは。首都圏にて墓石の製造加工と墓地への据付施工工事をしております石材店の大塚ブログ「霊園とお墓のはなし」です。埼玉県上尾市に本社を置き、埼玉のほか東京、神奈川、千葉、群馬、静岡にて霊園と墓地をご案内しております。

先日の記事「・20141030 長野県上田城跡公園の紅葉」と「・20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉」と同日の様子になりますが、長野県上田市にあります北向観音の写真をいただきましたので記事にしてみます。

北向観音は上田市内の別所温泉にあります。門前に連なる店の奥に北向観音は見えてきます。

長野県上田市 北向観音DSCF6097

天長2年(825年)、慈覚大師円仁によって開創された霊場ですが、木曾義仲によって源平の争いのさなか、八角三重塔と石造多宝塔を残して焼失してしまいます。現在の本堂は源頼朝の命によって建長4年(1252年)に再興されたものになります。

長野県上田市 北向観音DSCF6098 長野県上田市 北向観音DSCF6108

再興されたとはいえ、700年以上の歴史を刻んだ本堂には圧倒されます。

長野県上田市 北向観音DSCF6100

年代物の額も並んでいます。

長野県上田市 北向観音DSCF6109

この本堂に安置せる本尊は千手観音菩薩である。南面の善光寺阿弥陀如来に相対しているところから「善光寺」だけでは「片参り」になると傳えられており又古くから「厄除観音」として知られている。

観音の平鐘の緒長くこきたれしながき春日も暮れはてにけり 白秋

(以上、引用しました)

長野県上田市 北向観音DSCF6112

本堂を横から見てみましたが、奥行きもあって重厚さがまして感じられます。

↓こちら左から愛染堂、札所観音堂、額堂。

長野県上田市 北向観音DSCF6110

鐘楼と梵鐘があります。

長野県上田市 北向観音DSCF6099 鐘楼と梵鐘 長野県上田市 北向観音DSCF6107 鐘楼と梵鐘

高台にあるので、さぞ遠くまで美しい鐘の音が聞こえる事でしょう。さきほどの北原白秋の歌にもありましたね。

長野県上田市 北向観音DSCF6101 愛染桂 かつら 長野県上田市 北向観音DSCF6106 鐘楼と梵鐘

鐘楼のすぐ横に大きな木があります。有名な「愛染かつら」です。

長野県上田市 北向観音 DSCF6103 愛染桂 かつら

小説「愛染かつら」は映画にもドラマにもなりましたが、川口松太郎氏が境内の愛染堂と桂の木に因んで作られました。

長野県上田市 北向観音 DSCF6102 愛染桂 かつら

温泉薬師瑠璃殿です。一説には行基菩薩の創建、慈覚大師の再建とも言われているようです。湯川の氾濫によって流されてしまい(1741年)ましたが、その後講中の積立金によって1809年に再興されました。

長野県上田市 北向観音DSCF6104 温泉薬師瑠璃殿 長野県上田市 北向観音DSCF6105 温泉薬師瑠璃殿

東北方向の上田市街、そしてその奥に菅平周辺や四阿山など紅葉に包まれた様子がうっすら見えます。

長野県上田市 北向観音DSCF6111

秋の味覚画像のおまけつきです。

松茸そば(1,500円)

長野県上田市 北向観音DSCF6113

北向観音を訪問した同日の記事「・20141030 長野県上田城跡公園の紅葉」と「・20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉」もよろしければご覧ください。

 

・20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉

2014年11月15日 土曜日 晴れ

こんにちは。首都圏にて墓石の製造加工と墓地への据付施工工事をしております石材店の大塚ブログ「霊園とお墓のはなし」です。埼玉県上尾市に本社を置き、埼玉のほか東京、神奈川、千葉、群馬、静岡にて霊園と墓地をご案内しております。

一昨日の記事(20141030 長野県上田城跡公園の紅葉)と同日の先月末の様子になりますが、長野県小諸市にあります懐古園(小諸城跡)の紅葉の写真です。同じく本社営業の方からのいただきものです。以前訪ねたときの記憶をもとに記事にしてみます。

JR小海線と、しなの鉄道の小諸駅からすぐの懐古園入口、三の門です。小諸城は武田信玄公の軍師山本勘助の縄張りによるとも言われる伝説もあり、江戸初期に関ヶ原の功で封ぜられた仙石久秀により完成された城郭です。なお、大手門は線路の反対側にあります。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6030_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6031_

仙石氏はその後1622年に上田に転封となります。(一昨日の上田城の紅葉の記事参照

小諸は「あの夏で待ってる」の舞台の地だそうです。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6032_

二の丸入口の石段が見えてきました。懐古園の紅葉は、城の勾配もあって野趣に溢れた紅葉を楽しむことができます。それにしても険しい城です(汗)

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6033_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6034_

園内は随所に見事な紅葉が楽しめます。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6035_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6036_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6037_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6038_

真っ赤ですね~。見上げると一面の紅葉色です。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6039_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6042_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6044_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6045_

小諸城跡からは南西を流れる千曲川がよく見えます。こんな高い場所にお城はあるんです。断崖に守られた堅い城だったことでしょう。対岸の山々や川沿いの木々が紅葉しているのもよく見えます。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6040_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6041_

見事な菊も展示されてます。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6046_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6047_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6048_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6049_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6053_

五重塔や力士の菊人形も。この力士、「郷土の名力士 雷電為右衛門」とあります。なるほどですね~。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6054_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6055_

桜の季節には、たくさんの花見客も訪れる懐古園。紅葉の真っ盛りでした。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6050_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6051_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6056_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6057_

山本勘助晴幸が常に愛用したと伝えられる鏡石です。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6058_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6059_

懐古園内にある小諸神社に立つ小諸城址の石碑です。右の石碑は、「是より西小諸領」とあり、領地の境界線にあったものだそうです。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6060_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6061_

険しい斜面に立つ紅葉の木もとてもきれいに見えますね~

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6062_

苔むした野面積みの石垣がとても美しい小諸城です。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6063_

ここ懐古園の駐車場の片隅には、なんとSLがいるんです!

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6064_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6065_

SL C56-144 だそうです。昭和13年6月4日に日立製作所で63,900円で製作され、その後小海線の主役として35年活躍し、昭和48年より小諸市に貸与されているようです。

20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6066_ 20141030 長野県懐古園(小諸城跡)の紅葉DSCF6067_

しかし、城跡とSLなどの鉄道というのは、相性がよいようで他の場所でも見かけたりしますね(・埼玉県さいたま市 岩槻城に行ってきました②)。公園として史跡、文化財として、一か所にあった方が保存に適しているからでしょうか。

 

こういった史跡や文化財と同じく、弊社の取り扱っている「お墓」も超長期間の記録を保存する施設でもあります。石材は何百年後の世代に情報を保存し伝えることができます。こういった古きを訪ねることは、そのままお墓などを大切にする心にもつながっているように思えます。

お墓についてご質問などありましたらお気軽にお問い合わせください。

 

またどこかのお城情報を手に入れましたら記事にしてみます。

他の城跡関係の記事はこちら

・埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介

2014年11月11日 火曜日 晴れ

こんにちは。埼玉県上尾市に本社を置き、埼玉を中心に東京、神奈川、千葉、群馬にて墓地と霊園をご紹介し、お墓作りのお手伝い(墓石の製造加工、墓石の据付施工工事)をしています石材店の大塚のブログ「霊園とお墓のはなし」です。

今日は、埼玉県上尾市瓦葺にあります楞厳寺(りょうごんじ)さまをご紹介いたします。

楞厳寺さまは、弊社大塚がいつもお世話になっているお寺さまです。国道16号や県道3号さいたま栗橋線からすぐで、上尾市の原市団地や尾山台団地からもすぐの立地にあります。まずは駐車場から見える本堂の様子です。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0035 本堂

山門の正面にまわってみました。重厚な山門です。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0037 山門 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0040 山門

山門の前には、お地蔵様が並んでらっしゃいます。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0038 地蔵 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0039 地蔵

山門をくぐると、観音菩薩さまが迎えてくれます。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0042 山門 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0043 観音様

↓こちらは鐘楼堂と水子地蔵さま。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0045 鐘楼 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0046 水子地蔵

立派な慰霊塔が建っています。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0036 慰霊塔 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0047 慰霊塔

上尾市指定の有形文化財、弘長板碑があります。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0049 上尾市指定有形文化財 弘長板碑 青石塔婆 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0054 上尾市指定有形文化財 弘長板碑 青石塔婆 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0053 上尾市指定有形文化財 弘長板碑 青石塔婆 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0050 上尾市指定有形文化財 弘長板碑 青石塔婆

大変貴重な文化財になります。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0052 上尾市指定有形文化財 弘長板碑 青石塔婆

上尾市指定 有形文化財 弘長板碑

上尾市大字瓦葺1043 楞厳寺
昭和39年3月1日指定

国内で最も大きな板石塔婆(板碑)も最も古い塔婆も埼玉県内にあり、塔婆数でも宝庫とされている。市内では破片まで入れて450基近い塔婆を調査しているが、鎌倉時代にまでさかのぼるものは少ない。国内で最古のものは大里郡にある嘉禄3年(1227)のもの、市内では楞厳寺所有の弘長元年(1261)のものである。高さは1.05メートル、上部に阿弥陀如来の種子(梵字)キリークを刻む。

楞厳寺そのものの創建はもっと新しい時代であろうが、墓地内には40数片の塔婆片が発見されている。

昭和54年8月1日 上尾市教育委員会

以上、引用しました。

大きな本堂の目の前まで来ました。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0048 本堂

本堂の細部を観察してみると、見どころがいろいろと見つかります。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0056 屋根 瓦 甍 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0059 本堂 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0060 本堂 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0064 本堂

客殿の入り口です。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0055 客殿

本堂と客殿の前には、東屋(あずまや)やバリアフリーのトイレもあります。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0087 東屋 十三重塔 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0088 バリアフリートイレ

本堂から東側にある墓域への途中に永代供養墓と観音様、十三重塔が並んでいます。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0065 永代供養墓 観音様 十三重塔 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0066 慈母観音

↓こちらが永代供養墓です。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0067 永代供養墓 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0068 永代供養墓 慈光

墓域の入り口にも観音様がいらっしゃいます。そしてこちらにも六地蔵さまがいらっしゃいました。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0084 観音様 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0085 地蔵

十三仏もいらっしゃいます。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0086 十三仏

本堂の西側にある墓域に移動してみます。こちらにも六地蔵さまがいらっしゃいました。

埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0092 お地蔵様 埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)様のご紹介DSC_0096 水屋

貴重な地域の文化財と地域に開かれたお寺の楞厳寺さま。墓地をお探しの方にはお勧めのお寺さまになります。こちらもご参考まで→(大塚サイト内での、楞厳寺さま墓所御紹介ページ

 

お墓、墓石については、下記問い合わせまでお気軽にご相談・ご質問ください。お墓ディレクター有資格者(石産協)やお墓相談員(全優石)など専門の知識のある者が石匠位認定店(全石協)として丁寧にご対応させていただきます。

お問い合わせ番号 0120-36-1217(代表)

※埼玉県の霊園一覧ページはこちらをご覧ください。

・これからお墓をつくる方へ④ [墓地の種類] [墓石の型]

これからお墓をつくる方へ④

(全優石「これからお墓をつくる方へ」より抜粋)

前回の記事 ・これからお墓をつくる方へ③ [墓地の申し込み方法]

 

Part2 お墓の種類と付属品

 

[墓地の種類]

墓地の経営は誰にでもできるというものではなく、国によって認可された団体またはお寺が運営管理しています。この墓地を大きく区分してみると寺墓地と霊園とに分かれます。この霊園の経営主体は次のようになります。

これからお墓をつくる方へ 墓地の種類 墓地・霊園 経営主体 公共団体 宗教法人 財団法人 民間企業

 

[墓石の型]

つぎにお墓本体の型を見てみましょう。いわゆるお墓の型は、地方、地域によって、さまざまな様式を見ることができますが、大別すると「和型」と「洋型」、その他の型に区分できます。

 

①和型

日本のお墓の伝統的な形で、もっともポピュラーなものです。形状は角型でサオ、上台、中台、芝台というように積み上げられています。この変型として、サオの上に屋根がついたり、またサオの下にれんげ台がついたりしたものもあります。

和型墓石 見本展示墓石、サンプル墓石

 

 

②洋型

近年になり外国のお墓をお手本にした横型のお墓が多く見られるようになりました。形状は横に広く、奥行きが薄いもの、また俗にオルガンといわれ、前面の上部に傾斜のついたものなどがあります。これら洋型のお墓は芝墓地などに多く見られます。

埼玉の霊園 さいたま市西区「やすらぎの杜」  洋型墓石 DSCN3290 ガーデニング霊園 桶川霊園 DSC_0058

 

 

③その他の型

特殊な形として軍人の墓とか、お坊さんの墓があります。また神式の場合、仏式とはちがった型や文字が見られます。中には将棋の駒を形どったもの銚子を形どったものというようにというように故人の生前の好みをあらわしたものもあります。また自然石をそのまま使ったお墓の例も見られます。

デザイン墓 デザイン墓

 

お墓は個人の歴史の証明ですから、それぞれ個性が見られるのは一向にかまいません。要は自分の考えと環境との調和によってお決めになるのがよいでしょう。

(⇒これからお墓をつくる方へ⑤ [お墓の構造と付属品] 1へ続く)

これからお墓を作る方へ 記事の一覧)

・20141025 上尾市の平塚公園の紅葉

2014年10月26日 日曜日 晴れ

こんばんは。埼玉県上尾市に本社を置く石材店の株式会社大塚のブログです。埼玉県のみならず、東京、神奈川、千葉、群馬、静岡にて霊園と墓地をご案内・ご紹介し、墓石の製造加工と墓所への据付施工工事をしております。

昨日、大塚のある上尾市の公園、平塚公園で秋の紅葉がはじまっていたのでその様子をお送りいたします。

↓こちらが平塚公園の駐車場からの入口。はやくも紅葉しかけているケヤキの木々が目に入ってきました。

20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0222_

赤い葉の木には、真っ赤な木の実がなっています。

20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0224_ 20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0225_

今現在、一番目を引くのは銀杏の木でした。

20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0227_ 20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0228_

綺麗な黄色に染まっていますが、銀杏全体としては四分咲き?まだまだこれからが本番という感じです。

20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0229_ 20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0230_

県道が見えてきました。県道の向こう側にあるラウンドワンさんの目印のボーリングのピンのカタチの看板が銀杏の枝の向こう側に見えました。

20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0231_ 20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0232_

まだまだ緑色の銀杏もあります。

20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0234_

↓芝生広場です。あまり紅葉の色は強く目に入っては来ません。

20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0236_

実は、「もうそろそろ桜の木が紅葉になっているのではないかな?」と思って来てみたのですが、残念なことに桜の紅葉はとっくに過ぎていて、みんな散ってしまっていました。↑の写真の奥側右手に桜が並んでするのです。葉っぱはありません。

20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0244_

池の広場にくると、先ほどの駐車場からの入口にあるケヤキの木々が綺麗に見えてきました。

20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0245_ 20141025 上尾市の平塚公園の紅葉DSC_0247_

いよいよ紅葉も関東の平野部に降りてきました。

来週は暑くなったり寒くなったりと、三寒四温の秋バージョンのような陽気だということです。着実に冬に向かって季節は進んでいます。風邪などひきませんようご注意ください。

余談ですが、ここ平塚公園から大塚がご案内できる霊園では新埼玉霊園大宮青山苑桶川霊園がほど近く、大塚がご案内できる寺墓地では上尾市だと遍照院相頓寺龍山院少林寺が、伊奈町だと松福寺西光寺西蔵院法光寺願成寺、それぞれ車で10分もかからずに来れます。それぞれの墓地については弊社大塚までお問い合わせくださいませ。

※埼玉県の霊園一覧ページはこちらをご覧ください。

・埼玉県上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)さまにペット墓完成

2014年10月25日 土曜日 晴れ

こんにちは。埼玉県上尾市に本社を置き、埼玉を中心に東京、神奈川、千葉、群馬にて墓地と霊園のご案内と、お墓づくりのお手伝い(墓石の製造加工、墓石の据付施工工事)をやっております石材店の株式会社大塚のブログ「霊園とお墓のはなし」です。

本日の記事は、弊社大塚がいつも大変お世話になっております、上尾市瓦葺にある楞厳寺(りょうごんじ)さまに新しくペット墓ができたという内容になります。

20141025 上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)さまの ペット墓DSC_0070

楞厳寺さま境内の一角に新しいペット墓はありました。観音様の像や十三重塔の近くにあります。

20141025 上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)さまの ペット墓DSC_0071

近年は、愛するペットのための葬送とお墓もさまざまなところで話題となっています。

20141025 上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)さまの ペット墓DSC_0078

こういったペット専用のお墓があると、ご家族にペットがいらっしゃる方はとても安心ですね。

20141025 上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)さまの ペット墓DSC_0072

石塔には、わんちゃん、うさぎさん、ねこちゃんの彫刻があります。

20141025 上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)さまの ペット墓DSC_0073

詳しくは、楞厳寺さまにて教えていただけると思います。

20141025 上尾市瓦葺 楞厳寺(りょうごんじ)さまの ペット墓DSC_0074

ペットの彫刻のとてもかわいらしい、楞厳寺さまのペット墓でした。


※ペットのお墓「スブニールストーン」についてはこちらをごらんください。 

 

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